藤岡値衣句集『冬の光』 冬の光のように

藤岡値衣氏の第一句集『冬の光』(コールサック社)の書評を「コールサック」114号に2ページ寄稿しました。

藤岡氏は、「藍生」「いぶき」に所属。德島生まれの德島育ち。1960年生まれの俳人教師です。三十数年の俳句作品の集大成は、迫力があります。

 はたた神阿波女にはかなふまい   値衣

黒田杏子先生の最後の序文が、掲載されています。藤岡氏の十句鑑賞を句会で語りかけるように述べられています。

わたしは、藤岡氏の俳句における自己表出と、「冬の光」をキーワードに、鑑賞いたしました。

 冬に入る古書街だれも振り向かず   値衣

 金剛杖冬の光の片隅に

句集『冬の光』が、これから、あまたの読者の心にあたたかく厳かに差し込んでゆくでしょう。

 

     

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再来、村越化石

角川『俳句』6月号に、『生きねばや 評伝 村越化石』(荒波 力著 工作舎)の書評を寄稿しました。

  生きねばや鳥とて雪を払ひ立つ    化石

わたしが俳句を始めた1980年ごろ、村越化石は俳壇のスターでした。

ハンセン病の治療薬で失明となっても、秀句を詠み続けた村越化石の人生を辿りながら、作品と心情や信念に迫る高著です。

俳人 村越化石の生誕百年。わたしは村越化石の再来を歓びます。

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『暮らしの歳時記365日』

毎日新聞出版より俳句αあるふぁ編集部編の『暮らしの歳時記365日』が刊行されました。

暮らしの中で息づく季語を詠んだ俳句と、その瑞々しい鑑賞文と、その季語のうつくしい写真が、日本のゆたかさを伝えてくれる一書です。

そう、海外の方もよろこばれるかも。

日本の文化を海外にアピールできる高著だと思います。

私の一句もご掲載いただき、ありがとうございます。

 まつすぐに汐風とほる茅の輪かな  里美

この句は、鎌倉の鶴岡八幡宮の茅の輪を詠みました。

思い出深い茅の輪です。

あるときは、妊婦で、幼子の手をひいていたり。

あるときは、知人の病いを心配に思ったり。

その病いの方に、鶴岡八幡宮の茅の輪のかたちのお守りを買ったことがありました。

でも、その方の信仰を知らず、差し上げなかったのですが、

その方は、後に、なんと鶴岡八幡宮の墓地に入られたのでした。

颯爽としたすてきな俳人でした。

雪の名句をたくさん残されました。

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『日本近代文学大事典』黒田杏子先生 

2022年に、『日本近代文学大事典』の増補改訂デジタル版への掲載ということで、わが師の黒田杏子の項目を依頼され、執筆いたしました。

私は、19歳から黒田杏子先生の句会で俳句をはじめ、句座を40年ほどご一緒させていただき、師を仰ぎながらの俳句活動の日々ですから、執筆のご依頼は光栄なことでした。

黒田杏子論を『藍生』と『俳句春秋』などに、2008年から2022年までに五編を掲載しましたけれど、

大辞典の原稿を書き進めるうちに、プロデューサーの師が自らの俳句人生を鮮やかにプロデュースされているあゆみが立ち上がってきました。

黒田杏子先生に、この掲載欄をご覧いただき、「よくまとめてくれた、大変だったでしょう、ありがとう」と感謝のお言葉をいただきました。

『日本近代文学大事典』の編集委員会のご編集を経て、ようやく、2023年3月に新しい改訂版が公開されました。

以下のような個人用と学校・機関用のご案内があります。

ご覧いただければ幸いです。

https://japanknowledge.com/personal/

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反戦の俳句

『鎌倉ペンクラブ』№27(2022.8)に「反戦の俳句」を寄稿しました。

 

わたしの反戦の俳句が掲載された教科書が、高校生の手元にとどくころ、

ウクライナへの侵攻が始まってしまいました。

やるせなく、反戦の俳句について論じた小文です。

思いがけなく、この教科書の編集部へも、この小文が送られることになりました。

一日も早い停戦を祈ります。

 

反戦の俳句  ―全文ー

  

               

   しばらくは秋蝶仰ぐ爆心地      里美

ふいに白い蝶が青い空に飛びあがった。その残像は、今も私のなかにある。この句は、二十七歳のとき、はじめて訪れた長崎で句帖に書いた。

この句が令和四年度から、高校の国語教科書『新編言語文化』と『精選言語文化』に掲載された。掲載の知らせが来たのは、コロナ禍になる少し前だった。文部科学省の検定前で、出版社から句の掲載を内密にするように頼まれた。

突然の知らせに驚いたのはいうまでもない。第二句集『あかり』に収めた昔の一句なので、拾い上げていただけたことがうれしく、反戦の一句であることにしみじみとした。両親は太平洋戦争で苦労した世代。両親と家族が静かに喜んでくれた。

その束の間のできごとのあとに、新型コロナウイルスが世界にじわじわと広がり始めた。

そのさなか、大学生の息子は仏留学を終えて、欧州を放浪していた。欧州の西から東へ広がるコロナウイルスに追いかけられるように、彼は東へと旅していた。「危ないから早く帰ったら」と彼にメールをすれば、「今、キーウにいる」と返事が来た。地図を見れば、キーウはあのチョルノービリ原発の近くに見えたので不安になった。「今しか行く機会がない」が彼の口癖。イタリアで盗難に合いながらも帰国を躊躇していたが、新型コロナの病状が伝わると、当時欧州ではメジャーな商品でなかったマスクを、ウクライナ人の友人に分けて貰い、ようやく帰国の途についた。

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そのウクライナが、コロナ禍につづき、戦禍にも見舞われるとは。悲しすぎる現実に打ちのめされた。

私は日々、ウクライナに関する専門家の解説に耳目を傾けた。政治、防衛、歴史、外交、さまざまな立場からの解説に、問題の根深さを学んだ。人間の闇の深さにおののきもして。

私の爆心地の一句が記載の教科書が高校生の手元に届く頃、核兵器の脅威が増すことになるとは。やるせなくも、私は解決にほど遠い反戦の俳句を詠み始めていた。

   珈琲も銃も手に取る余寒かな      里美

この侵攻直前にウクライナ住民の女性が防衛のための銃訓練をする映像に、私はまず不安が募っていた。ウクライナ人は珈琲好き。たぶん珈琲を飲んだあとに銃を手に取っている。その冷たいであろう銃の感触が空恐ろしかった。

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俳句はHAIKUとして、世界で親しまれている。

俳句には、ある平和性がある。俳句を詠むために自然を観察すると、自然を愛する心が育くまれ、自然保護を考える。俳句の交流により人々が多様性を認め合い、世界の交流を深めることが、ひいては世界平和につながるというもの。日本から世界へ、平和のメッセージ発信の意味を込めて、俳句のユネスコ無形文化遺産登録推進の活動もある。この俳句の平和性は、私が俳句を愛するよりどころのひとつである。

では、戦争となれば、俳句は無力なのだろうか。

戦禍の長引くウクライナのハルキウの地下壕で避難生活をしているウクライナ人が、SNS上で俳句を発表していることを知った。引用させていただく。

   For the whole evening

   a cricket has been mourning

   victims of the war

                   Vladislava Simonova

戦場に鳴くこおろぎの声に震える。戦禍の現場で詠んだ一句ほど真に迫る作はない。作者の彼女に読者の共感の声が届き、すこしでも彼女をなぐさめられたらと願う。詩歌は、苦しむ者を癒す力がある。

太平洋戦争下の俳人は、悲劇の中から戦争の名句を詠んだ。

   海に出て木枯帰るところなし      山口誓子

   水脈の果炎天の墓碑を置きて去る    金子兜太

誓子は日本で特攻を悼んで詠んだ。〈木枯〉は特攻兵を暗示している。兜太は戦地のトラック島を去るときを詠んだ。生涯忘れられない景と聴く。

戦争の作品は深淵な悲しみの作となり、さらにその作品から反戦への共感を増やすだろう。つらく切ない反戦の俳句が、未来の平和の種となりますように。何はともあれ、一日も早い停戦を祈るばかりである。

今日は、沖縄慰霊の日。木漏れ日の庭に白い蝶がやってきた。

(『鎌倉ペンクラブ』no.27 2022.8 )

             

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Anti-war HAIKU

                          Satomi Natori (Haiku poet)

For a while

I look up at an autumn butterfly

at the epicenter        

                                 Satomi Natori

A white butterfly suddenly flew up into the blue sky. Its afterimage still remains in my mind. I wrote this haiku in a haiku notebook during my first visit to Nagasaki at the age of 27.

In 2022, this haiku was published in the high school Japanese language textbooks “New Language and Culture” and “Selected Language and Culture.” The notice of its publication came to me shortly before the start of the coronavirus epidemic. It was before the Ministry of …

『未来へつなぐ想い わたしたちの大磯の歴史』

この書籍は、風光明媚な大磯のゆたかな歴史や文化を、解説、エッセイ、写真をふんだんに使い、つぶさに紹介されている豪華版。

さながら大磯の百科事典のようにずっしりと美しい本です。

この本は、大磯町が発行し、大磯町の学生たちに配布されます。

この本の購入希望者が、配布前から殺到し、

大磯城山公園内の大磯郷土資料館で販売されるそうです。

 

 

わたしは「鴫立庵まで」というエッセイを寄稿しました。

ご存じのように、鴫立庵は三大俳諧道場のひとつ。茅葺き屋根の趣深いお座敷とたくさんの句碑がお庭にあります。

大磯の鴫立庵を訪ね、わたしは、いろいろな気づきに恵まれました。

   

 

京都新聞 俳句はいま 2021.2.8

神野紗希氏による『森の螢』のご鑑賞文が、京都新聞に掲載されていた。

奈良の句友から、お知らせいただいた。

神野氏は、『森の螢』を「世界と交歓する祝祭」という視点から鮮やかに論じられていた。

名取里美は第四句集『森の螢』で、社会、世界、私のトライアングルを組み上げた。(中略)                               〈ふりしぼる終の光を青螢〉〈奥へ奥へ闇ひらきゆく螢かな〉。現れては消える蛍は「コロナ禍に右往左往する間も、森の営みは変わらず、厳かにつづいている」(あとがき)ことの象徴であり、闇を負う世界の使者だ。<亡魂の螢の森となりにけり><みづうみへふぶく櫻となりたしや>、私もいつか蛍や櫻となりゆく。一個の生を超えた時空を、透徹する美意識が練り上げた。

神野氏の文章を一部抜粋させていただいた。

ありがとうございます、紗希さま!

神野氏も昨年、『すみれそよぐ』という第三句集を刊行。

すみれそよぐ生後0日目の寝息     紗希

妊娠、出産、子育ての難事のなかに、あたらしい鋭さで詩をすくいとった作品群のエネルギーがまぶしい。

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『幼なじみ』浅井敏子句集

この句集は、「藍生」の仲間の浅井敏子さまの第一句集です。
句集名は、『幼なじみ』。
浅井様ご夫妻は、なんと小学一年生の同級生なのです。今もなかよしご夫婦です。

句集の帯にある作品です。

  のどけしや地球の上に佇つをんな  敏子

この作品に対して、黒田杏子先生は、

地球の上に佇つをんな即ち作者である浅井さんでしょう。こんな句を詠む女性はめったにいません。しかし、考えてみますと、この句に作者浅井敏子の本質が出ているのだという感じもしてきます。素直かつのびやかな人柄であることが分かります。

と序文で述べています。

熊本地震の続く今、この作品をあらためて読むと、感慨深くなります。
地球の揺るぎないことが、どんなにありがたいことであるか・・・
浅井さまは、ご自身のお母さまを震災でなくされておられるそうです。
そのお悲しみの〈地球の上〉なのかもしれません。

   道問へば立ちて秩父の草取女   敏子
   千歳飴りすの横切る裏通り
   まなこ閉ぢゐる鳩もゐて冬はじめ
 
爽やかな力作の並ぶ『幼なじみ』(ふらんす堂)。
私は「メルヘンと孤愁」という跋文を書かせていただきました。   

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