あのとき、一句

やはらかに水を押しゆく鴨の胸   里美『あかり』

あのときは、

95歳の山口青邨先生がご指導くださる句会の前日だった。

青邨先生は、95歳で杖もつかず、小人数の句会にご指導に来てくださった。

27歳の若輩の私は、真剣にすこしでも佳い句をだして句会に望むべきだと、

健気げに気負っていた。 

吟行しようと、井の頭公園まで電車を2時間乗り継いで出かけた。

たどり着いた池のほとりで、出会えた鴨を詠んだ一句である。

水の動きがいきいきと今でも思い出される。

句会当日、この句は青邨先生の特選の◎をいただき、ご講評をいただいた。

その喜びもつかの間、

この句会が、青邨先生との最後の句会になってしまった。

1988年の2月、北風がまだ肌にしみ入るころだった。